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浅田真央引退!!真央の母親・匡子さんは元ソ●プ嬢!?父は元ホストで娘2人を支えた真実!

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国民的ヒーローと言っても過言でなない浅田真央さんが先日、引退を表明し日本を震撼しました!!

引退会見では、笑顔でメモを見る事なく記者たちからの質問にも気持ちを誠実に伝え、記者たちを感心させた。

時より、後ろを向き涙する姿も・・・。

日本フィギュアスケートの人気は真央ちゃんの人気があったからこそ盛り上がりを見せ「真央ちゃんがいたからフィギュアスケート」が好きになりました!

などの声も上がっていた(泣

浅田真央さんの両親はもう他界しており、父は元ホストだった事は有名ですが、6年前に48歳という若さに亡くなった母、匡子さんが元ソ●プ嬢だったという噂は本当なのでしょうか?

浅田真央さんのプロフィール

生年月日---1990年9月25日(26歳)
出生地---愛知県名古屋市
身長---163 cm
体重---47 kg

浅田 真央(あさだ まお、ラテン文字:Mao Asada、1990年9月25日 - )は、2000年代から2010年代にかけて活躍した日本のフィギュアスケート選手(女子シングル)。
2010年バンクーバーオリンピック銀メダリスト。2014年ソチオリンピック日本代表(6位)。2008年、2010年、2014年世界選手権優勝。グランプリファイナル優勝4回。2010年バンクーバーオリンピックでは、女子シングル史上初めて、1つの競技会中に3度の3回転アクセルを成功させた。姉はフィギュアスケート選手・スポーツキャスターの浅田舞。マネージメントはIMG TOKYO。

※引用:wikipedia

父親・敏治さんは元ホスト

浅田真央ちゃんの父親は元ホストだったのは真央ファンだったら知っている事でしょう。

名古屋市内の通称「女子大小路」と呼ばれる一角で源氏名「沢村翔」で売れっ子ホストとして活躍していた!

父親がホスト業をしていた事には理由があり、父敏治さんは小学生の頃に父親を亡くし、迷わず水商売への道へ。

父親を早く亡くした一家の家計を支えていたという苦労人なのである(汗

その後、独立しホストクラブ「カーネギー」のオーナーになり年商1億円以上の繁盛店で現役時代は相当な稼ぎだったのです。

あまり、話には出てこなかかった浅田真央さんの父親ですが、ホストという職業が娘たちのイメージを壊すという事で表には決して出てこなかったという!

母親匡子さんは元ソ●プ嬢!?

数年前に48歳という若さに他界された浅田真央さんお母親、匡子さんは割の良い夜の仕事をしていたそうです。

両親の馴れ初めは夜の仕事がきっかけらしく、ホステスかソ●プ嬢をしていたのでは?

と言われていましたが、岐阜県にある金津園という風俗街の「入船」というソ●プランドで働いていたそうです!

浅田真央さんの母、匡子さんも小学生の時に父親を亡くし、20歳の時に母を亡くした(泣

敏治さん同様、家計を支える為にその仕事をしざるえなかったかもしれません。

姉の2人姉妹でやはり苦労人人生であったのです。

フィギュアスケートはお金がかかるスポーツ!?

フィギュアスケートはお金がかるスポーツ。

トップフィギュアスケート選手になるに1日最低3時間以上の練習が必要な上、一流のコーチを付けると時給が1時間1万円かかるそうです。

月のレッスン費用が100万を超すとあって大変お金がかかるスポーツと言われています。

ましてや浅田真央、姉の舞もフィギュアスケートをしていた為に親は大変な苦労をしたと思われます(汗

娘たちの為に両親、とくに父親の敏治さんは破産寸前まで娘のために投資を続けていたとか。

私生活は楽なものではなく、消費者金融からも借金をして娘たちのために自身を犠牲にして働いた両親には脱帽なのです(汗

まとめ

先日引退を表明した浅田真央さんですが、両親の大変な支えがあってこそだったのがわかりました!

浅田真央さんは、フィギュアスケートをする前はバレエを習っていたそうですが、バレエダンサーになりたかった母、匡子さんの夢を託したものでした。

だからこそ、自身を犠牲にしても頑張ってこれたのでしょう!

残念ながら母の匡子さんは6年前に他界されてしまいましたが、きっと今回の引退も反対はしかっただろうと浅田真央さんが言っていました。

素晴らしい親子愛に感動する筆者ですが、引退はしたけどこれからも活躍していってもらいたいですね!

それでは。

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